[桶谷水産 桶谷安治さん]
南海本線「箱作駅」からおよそ5分。電車の線路に沿って西へ歩いていくと、黄色い大きな看板が目を惹く鮮魚店がある。
扱う魚はその日に大阪湾で水揚げされた魚のみ。魚離れの風潮が進むなか、地元の年配の方のみならず、若い主婦層からも人気を集めているという「鮮魚 魚安(うおやす)」だ。
市場では流通しない大阪湾の魚を食卓へ
この店を経営しているのは、阪南市にある下荘漁協で現役の漁師として活躍する桶谷安治(おけたにやすじ)さん(58歳)。
鳶職や和食の料理人として働いた後、20年前に父親の後を継いで漁師になったという、一風変わった経歴の持ち主である。
桶谷さんが「鮮魚 魚安」を開店したのはちょうど3年前のこと。漁師という忙しい仕事の合間に、個人で店を経営しようという思いに至ったのには、どんな理由があったのだろうか?
“競りで仲買人さんが買ってくれるのは、お客さんに人気のある魚や数の揃った魚だけなんよ。それ以外の魚とか、漁でちょっとでもキズの入った魚は、自分らで食べるか処分するしかないねん。
市場に流通できんでもおいしい魚はいっぱいあるのにもったいないやろ。大阪湾にはいろんな魚がおって、いろんな食べ方ができることをもっと知ってもらいたいなぁと思ったんがきっかけやねん。”
「鮮魚 魚安」が開店するのは、漁を終えた午後3時から。店に並ぶ魚は、桶谷さんが自ら漁で獲ってきたものがほとんどで、その多くが店の水槽に移され、活け魚のまま販売されている。
しかし、獲れたての魚を扱っているため、当然のことながらシケの日には休業となり、それが数日続くこともある。
お客さんに多少の迷惑をかけてでも、自分が納得できる魚がなければ店を開けない。それが桶谷さんの頑固なまでのこだわりだ。
若い母親世代に大人気の料理教室
桶谷さんの店のお客さんには若い女性の姿も多い。地元の小学校に通う子供たちのお母さんだ。
“うちには生きた魚がたくさんおって水族館みたいやろ。せやから、子供らがよう遊びに来てくれるねん。ほんで子供らと仲良くなったら、その子らの母親が魚を買いに来てくれるようになったんやね。
せやけど初めは「魚は切身で売ってるやつしか見たことがない」「サバってどんな魚か知らん」っていうお母さんが多いからびっくりしたわ。”
そこで桶谷さんは、月に一度、若い母親たちに向けて、店で魚のさばき方などを教える料理教室を開くことに。すると当初はどんな包丁を使えばいいのかも知らなかった彼女たちが、今では、自分でさばいた魚を見せに来てくれたり、さまざまな魚の調理法にも挑戦するようになったのだという。
“最近はお母さんらとLINEでやり取りしながら商売してるねん。「今日はどんな魚がある?」って聞いてきたら、「これこれがおすすめやで」とか。ほんま、世の中も変わったもんやな。”
漁師の目利きを生かした接客スタイル
桶谷さんは、どの魚を買おうかと迷っているお客さんには、まずどんな食べ方をしたいのかを聞く。そして、魚の状態を見ながら、刺身、焼物、煮物など、それぞれの調理法にベストな魚を薦めるそうだ。
そんな接客も人気の秘密なのだろう。予算と何人分かだけを電話で伝えて、あとは桶谷さんにお任せで魚を発送してもらう人や、大阪市内からわざわざ魚を買いに来る人も多いという。
取材をしている最中にも、お客さんから、注文していた魚が届いたという電話がかかってきた。すると桶谷さんは「カレイは子がたくさん入ってるから煮物にしたらいいわ。アコウを湯引きする時は、皮の方から湯に当てるねんで」と、親切なアドバイスも欠かさない。その様子を見ていると、桶谷さんがお客さんから絶大な信頼を得ていることも頷けてしまうのである。
大阪から全国へ。おいしい魚を届けたい
大阪湾は、獲れる魚の種類は豊富なのに、それぞれの漁獲量が少ないことが、大きな販路を拓けない原因のひとつだという。
そこで桶谷さんは、インターネットを活用して、漁師おすすめの魚を定期的に届ける頒布販売ができないだろうかとも考えているそうだ。
“アカシタ(シタビラメ類の一種)とか、おいしいのに大阪以外であんまり食べられてないやろ。そんな魚に簡単なレシピを付けて送ったらどうやろうと思って。それでみんなが食べてくれるようになったら、魚の価値も上がっていくやろうし、大阪湾の魚のことをもっと知ってもらえるやん。”
鮮度にとことんこだわって、魚のおいしさを伝え続ける桶谷さん。「鮮魚 魚安」のファンが、これから全国で増えていくのも、そう遠くはない日のことかもしれない。
鮮魚 魚安
大阪府阪南市箱作1602
最寄り駅:南海本線 箱作駅より徒歩約5分
TEL : 090-5365-1353
[営業時間]15:00〜18:00(売り切れまで)
[定休日]火・土曜日 ※シケの日も休業