昭和30年代半ばに始まった堺臨海の埋立工事をきっかけに、「湊潮湯」以外にも数軒あった潮湯はすべて姿を消したという。その後も、家庭での風呂の普及とともに多くの銭湯が撤退。現在、「湊潮湯」近隣の地区には、わずか３軒の銭湯しか残っていないそうだ。
先代から託された潮湯を守る
杉坂さんたち３姉妹はそんな状況の中でも、自宅から電車やバスで通いながら、この「湊潮湯」を守り続けている。
“家の用事もあるし、わざわざ通ってくるのも大変やけど、親が残したものやから。「頼むさかい、ここを姉妹3人で守ってくれ。」と父に手を合わされましたしね。
父が亡くなってもう20年ぐらい経ちますけど、父は病気になってからも、車いすに乗ってでも朝昼晩と毎日ここに通って来てましたから。それぐらい、ここが好きやったんですね。”
戦後に元の経営者が手放そうとする銭湯を買い受け、さらには、はるか海の沖合へ地中からパイプを通してでも「湊潮湯」を守り通した先代。
その姿を見つめ続けてきた杉坂さんたちにとっても、いつしか、この銭湯を守ることは義務ではなく、愛着のような思いへと変わっていったのではないだろうか。
杉坂さんは言葉に出しては言わないけれど、姉妹で番台を交代しながら、お客さんたちとにこやかに談笑している姿はとても楽しそうで、そう思わずにはいられないのだ。
苦労が絶えない、海水風呂の維持管理
しかし、潮湯を維持していくことは並大抵のことではない。メンテナンスの面でも、真水を使った銭湯にはない苦労があるという。
“夏になって水温が上がったら、小さな貝とかが増えて海水に混じるんやね。それがパイプの縁に固まったり、ろ過機に詰まったりして、海水が上がってこなくなるんです。地震が起きた時も、海底が揺さぶられるから砂がどんどん混じってくるしね。
冬は冬で海の温度が下がるでしょ。そうすると、かなり長い時間をかけて循環させへんとお湯の温度が上がらんから、燃料費が高くつくんですよ。ボイラーの寿命も短くなるしね。”
さらにパイプは、いくら海水に強い素材のものを使っていても、塩によって腐食が進んでしまう。そのため、海までの数メートルごとに地中を掘って空けられた点検用の穴から機械を通して、こまめに掃除をしたり、痛んだ部分を入れ替えているそうだ。
“お風呂を炊くのから湯船のお湯の交換まで、今は機械が全自動でやってくれるから、私ら女3人でもなんとかやって来れたんやね。せやけど維持とかにお金がかかるから、ここを続けていくのはほんまに大変なんよ（笑）。”
真水のお風呂では味わえない心地よさ
「湊潮湯」のお湯の温度は、夏場はおよそ38℃、冬場はおよそ41.5℃と、一般の銭湯のお湯よりあえて少しぬるめに設定されている。海水のお湯は身体がよく温まるので、お湯が熱いとのぼせてしまう人もいるからだそうだ。
“ほんまにポカポカとよう温まるよ。湯冷めすることもないから、冷え性の人も喜んでくれはるねん。それに潮湯は後で塩を入れたお湯じゃないから湯当たりも優しいよ。あせもやしっしんがある人にもおすすめやし、肌がツルツルになるから美容にもええと思うわ。”
「湊潮湯」には、潮湯の噂を聞きつけて遠方から訪れる人も多いそうだ。そしてその心地よさを知ると、再び足を運んでくれるのだという。
また、脱衣場へ続く番台の前にはホールがあり、そこには牛乳やジュースはもちろん、ビールや軽食も楽しめるコーナーも設けられていて、地元の人たちの憩いの場となっている。
風呂から上がったお客さんたちが、ビールを片手に世間話に花を咲かせている様子はとても微笑ましく、その昔、銭湯に通っていた子供時代を懐かしく思い出してしまう。
“それでも、昔とは大分と違うよ。お家にお風呂がなかった頃は、赤ちゃん連れのお母さんも多かったし、ほんまに賑やかやったからね。そう思ったら、なんやちょっと寂しいけどね。”
現在大阪府下では、毎年およそ50軒の銭湯が廃業しているという。そんな中で、唯一の海水の銭湯として守り続けられている「湊潮湯」。
海とのつながりを感じながら、心地よい湯船に浸るひとときを、ぜひ一度、多くの人に味わってもらいたいと思わずにはいられないのである。
磯の香り 湊潮湯
大阪府堺市堺区出島海岸通り1-2-13
最寄り駅：南海本線 湊駅より徒歩約3分
［営業時間］15:00〜23:00
［休業日］水曜日
TEL :072-241-9676
http://www.eonet.ne.jp/~minatoshioyu/