泉州地域には、風土や文化が育んだ食材や料理が多くある。とりわけ「アナゴの天ぷら」や「水なすの浅漬け」は、もはや全国区で人気の味としての地位を獲得しているといっても過言ではないだろう。
「がっちょ(ネズミゴチ)の唐揚げ」も、泉州地域のスーパーや居酒屋では定番として置かれている料理。最近では大阪市内の居酒屋でも見かける機会があり、これからますますポピュラーな料理となっていきそうだ。
しかしその反面、地元の人にさえあまり知られていない郷土料理も多くあるという。南海本線「蛸地蔵駅」の駅前にある蛸地蔵商店街で食料品店を営む藤本敏明(ふじもと としあき)さん(53歳)は、地域活性化のためにもそんな料理を伝えていこうと、今では珍しくなった地元の食材も自らの店で扱い続けている人物だ。
そんな藤本さんが「岸和田には“ごより豆”っていう郷土料理があるねんけど、知ってる?」と、ある機会に話してくれた。
とは言われても、「ごより」という言葉さえその時に初めて聞いたような次第で、どんな料理なのかが全く想像できない。そこで、この未知なる料理について詳しく教えてもらおうと、藤本さんのもとを訪ねてみた。
泉州の地元食材「ごより」に初めて出会う
「ごより」とは、大阪湾で獲れる雑魚を天日乾燥したもの。ネブト(テンジクダイ)やエビジャコ(小型のエビ)と呼ばれる魚介が主な原料だそうだ。
昭和30年代以前まで泉州の海辺には砂浜が広がっていた。そして、砂浜でイワシやアジなどを天日干しにして販売する加工業者も多くいたという。まだ地引き網漁が盛んだったこともあり、網にかかった小魚は、まとめて砂浜に広げられていたのだろう。天日干しの後、集めた魚の中から売れるものを取り出して後に残った雑魚が「後寄り(ごより)」と呼ばれるようになったそうである。
“魚が獲れた段階では何キロという重さがあったやろうけど、乾燥させたら、こんなに少なく軽くなってしまうんですよ。”
藤本さんがそう言いながら、店の奥からザルに盛られた「ごより」を持って来てくれた。
手に取ってみると、1尾の大きさはおよそ2〜3センチぐらい。乾燥してすっかり変色しているが、小さいながらも立派なタイやエビの形をしている。
干からびた魚そのものの独特な匂いがあり、お世辞にもおいしそうとはいえない。しかし、しばらく嗅いでいると妙に愛着を感じてしまう匂いでもあり、「このまま食べてみたい」という感情が湧いてくる、なんとも不思議な食材である。
“昔から、大阪の海は「チヌの海」って言われるほど豊かでね。タイはもちろん、カレイやイカ、イワシまでいろんな魚介が獲れるんです。でも昔は、タイとかの高級魚は、庶民にはなかなか手を出せるものじゃなかったんでしょうね。
とりわけ漁港に近いこの辺では、木箱に盛られた小魚を買ってきて、毎日のように食べている人も多かったと思いますよ。それを保存食にした「ごより」もまた、そんな人たちに親しまれてきたんやと思います。”
食卓に毎日あった、おふくろの味
「ごより豆」は、そんな「ごより」と大豆を一緒に甘辛く炊いた料理で、泉州地域でも、特に岸和田で暮らす人々に親しまれてきたそうだ。あめ炊き風にしたり、煮物風にしたり、また、大豆を固めにしたり柔らかくしたりと、各家庭それぞれに味わいは異なるが、ひと昔前までは、どこの家庭にも常備菜として置かれていたという。
“ごよりは匂いが独特なんで、僕も子供の頃は苦手やったんです。子供の口には合わへんのでしょうね。学校の給食でも出てきた記憶がないもん。
せやのに、うちの食卓には毎日毎日出てきてたんですよ。特に夏場は食が細いでしょ。いつも冷蔵庫に冷やしてあって、おふくろから「しっかり食べや」と言われてました。正直に言うと、「ごより豆っておいしいなぁ」と思ったんは30歳を過ぎてからのことやったね。”
カルシウムが豊富な「ごより」と、畑の肉と呼ばれるほど高たんぱくな大豆。この2つの食材を組み合わせた「ごより豆」を育ち盛りの子供たちに食べさせることは、母親たちが子供の成長を思ってのことでもあったろう。
しかし最近では、ご当地である岸和田市内の食料品店でも、「ごより」を扱っている店はほとんどないそうだ。
“この辺りはお年寄りが多いんで、まだ買いに来る人は少なくないけど、若い世代が多い地域では、もう置いてても売れへんからね。
正月のおせち料理でも、「ぼうだら」とか、どうやって炊くのか分からへん人が多いでしょ。それと同じで「ごより豆」の作り方を教えてくれる人がいてないんですよ。おじいちゃん、おばあちゃんと同居する家が減ってるし、お店も対人販売のところが少なくなってきてるから。”
二世代、三世代で暮らすことが少なくなった現代。ましてや、ほとんどの家庭が共働きで、ゆっくりと時間をかけて料理を作ることもままならないだろう。藤本さんは、そんな中で多くの伝承料理が忘れ去られようとしていることが残念で仕方ないと話してくれた。
幻の食材になりつつある「ごより」
「ごより豆」の存在を知る人が少なくなったのには、もうひとつ理由がある。それは、「ごより」がとても希少なものになってしまったことだ。
“ひと昔前まで、ちりめんじゃこを買ったら、小さなタコとか太刀魚とか入ってたでしょ。それが食品業界では混入物として扱われるようになって、徹底して選別されるようになったんです。昔は「変わったもんが入ってる!」って、そんなんを見つけたら嬉しかったけど、今はクレームになってしまうんやね。
「ごより」も一緒でね。もともとは選別で省いたものやからということで、扱うことを敬遠する店が増えてしまったんですよ。”
扱う店はもとより、「ごより」の原料となる雑魚も手に入りにくくなっていると藤本さんは言う。
地引き網漁が盛んだった時代は、網にかかったすべての魚が砂浜に引き揚げられていた。しかし現在は、沖合で網揚げを行う漁が主流だ。船の上に魚が揚がった段階で選別も行われるため、雑魚は予め加工業者が漁師に頼んでおかないと、その場で海に戻されてしまうのである。
そして、「ごより」を加工する加工業者がほとんど存在しないことが、さらに減少への追い打ちをかけているそうだ。
※1
“僕が知ってるのは大工町にある加工所、たった1軒だけ。しかも扱う量が少なくて乾燥の機械とか使われへんし、ネブトとエビジャコでは水分の保有量が違うから、別々に分けて加工所のベランダで天日干ししてはるねん。ネブトは1日〜2日、エビジャコは3日くらい。毎日、太陽が出てきたら外に出して、夜になったら取り入れてね。えらい手間がかかってると思いますよ。
加工所のおっちゃんは58歳でまだまだ元気やけど、いずれそのおっちゃんがおらんようになって、このまま継ぎ手も見つからんかったら、「ごより」どうしよ?”
※2
「ごより」を幻の食材にはしたくない。それには原料や加工所の確保が欠かせないが、今のままでは商売として成り立たず、今後、生産に手を挙げてくれる漁師も加工所も望めないだろう。
まずは「ごより」を販売する店を開拓できるかどうか?そのためにも、「ごより」が家庭でもっと食べてもらえるようになればいいのだが、その糸口もなかなか見つからない。
そんなことを苦笑しながら話してくれる藤本さんを見ていると、食文化の伝承というものは、今の時代では本当に難しいことなのだと感じずにはいられない。
作りたての「ごより豆」をいただく
「ごより」についてあれこれと話をしている間に、藤本さんのお母さんが「ごより豆」を作って持ってきてくれた。
お母さんは55年前に和歌山県から岸和田に嫁いできたそうで、その作り方はお姑さんから教わったそうだ。「まぁ、どんなもんか食べてみて。」というお母さんのうれしい声掛けに、待ってましたとばかりに「ごより豆」の入った器に箸を伸ばす。
一体どんな味がするのだろう?料理を目の前にして、こんなにワクワクとした気持ちになるのは久しぶりだ。
「ごより豆」に調理されたエビジャコを口に運んで噛んでみると、皮のパリパリ感がとても香ばしく、中からはジュワッとおいしい出汁が滲み出てきた。あの独特な匂いはもうなく、旨みとなって出汁の中に溶け込んでいることに驚いてしまう。一方の大豆はとても柔らかく炊かれていて、その優しい甘みが「ごより」のほのかな塩味と絶妙にマッチしている。
素朴な料理なのに、一口食べると、ついもう一口食べたくなる。そして初めて食べたのに、どこか懐かしい味わいが「ごより豆」にはあふれているのである。
“「ごより豆」は、この辺の食堂に行っても置いてないと思いますよ。逆に置いてたら、僕かてびっくりしてしまうやろな。それぐらい見かけへんようになってしまったんですわ。岸和田にはこんなにええもんがあること、みんなに知ってもらいたいなぁ。”
鉢にたっぷりと盛られていた「ごより豆」をすっかり完食した後、お母さんが「ごより豆」の作り方を教えてくれた。下準備に少し時間はかかるけれど、調理はとても簡単だそうなので、興味のある方は、ぜひ一度作ってみてはいかがだろう。
そして「ごより」の調達がてら、蛸地蔵商店街に出かけて藤本さんに詳しい作り方を教えてもらえば、この上なくおいしい一皿が、きっと家庭の食卓で楽しめるはずである。
[ごより豆の作り方]
(材料)
大豆………2合(約280g)
ごより……50g
砂糖………40g
薄口醤油…40cc
みりん……100cc
酒…………100cc
出汁………600cc
(作り方)
①大豆を一晩水に浸けた後、水煮する(豆の固さはお好みで)
※大豆の煮汁はすべて捨てる
②ごよりをフライパンで焦がさないように乾煎りする
③水煮した大豆と調味料(砂糖、醤油、みりん、酒、出汁)を鍋に入れる
④鍋を火にかけ、沸騰したらごよりを入れる
⑤焦がさないように鍋をゆすりながら、強火で10分程度煮込む
⑥煮汁が少し残る程度になったら出来上がり
〈写真提供〉※1-2 藤本食料品店 藤本敏明
藤本食料品店
大阪府岸和田市岸城町22-4(蛸地蔵商店街内)
最寄り駅:南海本線 蛸地蔵駅より徒歩約3分
[受付時間]7:30〜19:00
TEL :072-422-6384