漁港へ取材に出かけると、必ずといっていいほど目にする光景がある。それは、仕分けされた魚を運んだり、競り場周辺をきれいに清掃したりと、漁師の奥さんたちが甲斐甲斐しく働く姿だ。
そして、漁師に話を聞くたびに、男たちの口から出てくる「漁師の家は嫁さんで持ってるねん。」というフレーズ。その言葉に込められた思いからは、奥さんに対する深い愛情と尊敬の念を感じずにはいられない。
家事や子育てをしながら、漁港での仕事も支える彼女たちのことがもっと知りたい。ずっと抱いていたそんな願いが叶って、今回は、南海本線「箱作駅」のそばにある下荘漁港へ。
漁師の奥さんである、船越加世子(ふなこしかよこ)さん、西澤由紀子(にしざわゆきこ)さん、大津初代(おおつはつよ)さん、米原須恵子(よねはらすえこ)さんの4人が話を聞かせてくれた。
サラリーマンの家庭から漁師の家へ嫁いで
“船越さん 私の実家は和歌山県の山側で、父は会社員やったんです。せやから海とは縁がなくてね。主人に出会って「漁師をしてるねん」って聞いた時も、漁師という仕事が全くピンと来なかったんですよ。手漕ぎの小さな船で魚を獲ってはるんかなぁと思ってたぐらいで(笑)。”
若い頃は行商人が売りに来る魚しか見た事がなく、魚の扱い方も全く知らなかったという船越さん。
結婚して漁港の仕事を手伝い始めたものの、魚やエビを素手で触り、怪我をして泣いてしまった事もあるという。
そんな船越さんに、魚を使った料理はもちろん、漁港での女性の仕事から漁師のしきたりまで、すべてを教えてくれたのは、お姑さんだったそうだ。
“船越さん たとえば、船の機械を新調して漁に出る時にはお神酒と塩を撒くとか、漁師にはいろんな習わしがあってね。それに、漁師のおばちゃんとはどんな会話をしたらいいとか、全部お義母さんが教えてくれました。
そうやって1つ1つ自分でやってみることで、少しずつ漁港の中に溶け込んでいったんやね。最初の10年ほどは何でも慣れなあかんと思って、それはもう必死でしたよ。”
料理人から転職したご主人と共に歩む
西澤さんもサラリーマン家庭で育った女性。現在、下荘漁協で組合長を務めるご主人の勝(まさる)さんも、料理人から漁師へと転身した人物だ。
勝さんは、家族を連れて実家のある下荘に戻り、漁師を営む兄の船に乗って漁を覚えたのだという。
“西澤さん 当時、漁師の仕事は高収入でね。主人は私たちの生活のために漁師になることを選んだんやろね。私も若い頃は、主人と一緒に乗り子として沖に出たりしてましたよ。”
乗り子とは、船主の漁師とともに船に乗って漁を手伝う人のこと。今では若い漁師が務めることがほとんどだが、ひと昔前までは、漁師の奥さんが乗り子をこなすことも少なくなかったそうだ。
ましてや西澤さんは、これまで全く漁とは無縁だった女性。夏は焼けるような太陽の下で、冬は寒風が吹きすさぶ中で、男性と同じように力仕事を行うことはどんなに辛かっただろう。
そんな苦労を微塵も顔に出さず、楽しく懐かしむように話してくれる様子を見ていると、漁師の奥さんとして生きることになった彼女の、当時の覚悟の程が伝わってくる。
下荘で漁師の娘として生まれて
“大津さん うちらはもともと漁師の家やったから必死で仕事を覚えた記憶はないねぇ。けど、船越さんが言うように、漁師の家の仕事は、ほんまにいろいろとあって大変やな。”
そう言って顔を見合わせる大津さんと米原さんは、2人とも代々が漁師の家に生まれたそうだ。大津さんはとても自然な成り行きで漁師の奥さんに。一方の米原さんは、男兄弟がいなかったことから、ご主人が米原さんの父親の跡を継いで漁師になってくれたのだという。
実際に、漁港での女性の仕事はとても多い。港に揚がった魚を競りに出す準備をしながら、漁具の掃除や船への給油など、翌日の漁の支度も手伝う。また、競りが終わった後に、注文を受けて取り置きしていた魚を市場に届けるのも彼女たちの仕事だそうだ。
私たちが「とても忙しくされているので、漁港では皆さんに声を掛け辛かったんです。」と、正直な印象を打ち明けてみると
“米原さん ほんまに?魚をちょっとでも新鮮なままに値段良く売ろうと思って夢中で動いてるだけよ。旦那さんが頑張って獲ってきてくれた魚やからね。私ら本人は大層に考えて働いてるわけやないねんけど、端から見たら、そないにピリピリしてるように見えるんやねぇ。”
と、あっけらかんとした答えが。米原さんは、どんなに仕事が忙しくても、シケで漁に出られないより、漁が毎日続く方が楽しいそうだ。
下荘漁業協同組合
大阪府阪南市箱作3341
最寄り駅:南海本線 箱作駅より徒歩約10分
TEL : 072-476-0473
072-476-3319(潮干狩り・海水浴期間中)
[受付時間]9:00〜17:00(月〜金曜日)
http://www.geocities.jp/pitipiti_siohigari/hp2/top.html