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南海沿線にある漁港および周辺地域の魅力を伝えるウェブマガジン

水産資源の豊かな大阪湾をめざす
栽培漁業センターの取り組み

2016.03.30

最寄り駅:南海多奈川線 多奈川駅

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「栽培漁業」とは、自然の海ではなく、人為的な設備と環境で、魚が外敵から身を守れる大きさまで育成した後、海へ放流して漁業の促進を図るシステムのこと。
魚が成魚になるまで育てて出荷する「養殖漁業」とは違い、放流後、漁獲されずに海で生存する魚も増えることから、日本全国で力が注がれている取り組みである。

そして、ここ大阪で、大阪湾で少なくなってしまった魚種を復活させ、増やしていこうと、日々奮闘しているのが、泉南郡岬町にある栽培漁業センター。
これからの漁業を守るために、大阪府・漁業団体・関西国際空港株式会社(新関西国際空港株式会社)などが出資して設立された団体「大阪府漁業振興基金」が運営する施設で、同敷地内にある、大阪府の研究施設「水産技術センター」とタッグを組みながら、魚の育成・放流活動を専門的に行っているそうだ。

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今回は、大阪湾を目の前に望む、このセンターの見学へ。どんな魚をどのように育てていくのか、栽培事業場長の森政次(もりまさつぐ)さん(65歳)から話を伺った。

放流効果の高い魚を選んで育てる

卵から放流サイズの稚魚にまで育てることを種苗生産(しゅびょうせいさん)といい、今年度、種苗生産されるのは、ヒラメ、マコガレイ、キジハタの3種類。さらに、大阪湾の貝類資源の復活と水質向上を目的に、海底に沈んだプランクトンの死骸をエサにするアカガイの放流も行うそうだ。

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 “種苗生産には、魚の生態系の中で上位にいる魚を選ぶ必要があるんです。そうでなければ、強い魚に捕食されてしまい、放流後の生存率を高めることができないんですね。また、育った後も大阪湾内に定着してくれる魚であること。そんな事を基準に、漁師さんや府民の要望を取り入れながら、栽培魚種の計画を立てていくんですよ。”

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センターでは、これまでに、クロダイやオニオコゼ、さらに今年度の計画にもあるヒラメやキジハタなどの種苗生産を行ってきた。そして、放流時にタグ付けなどをした魚の後追い調査や、市場での水揚げ調査を続けたところ、平均して約5割が大阪湾内で生存。そのうちの約5割が漁獲されることが確認できたそうで、栽培漁業には、漁師たちから期待の眼差しが向けられているのである。

ヒラメの稚魚が育つまで

私たちが見学をした時は、ヒラメの種苗生産が行われている真最中。50トンもの容量を持つ2つの水槽の中には、ふ化して2週間目を迎えた3〜5ミリほどの仔魚(しぎょ=ふ化直後で、まだ遊泳力のない幼体)が、合計で40万匹もいるそうだ。

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この仔魚たちは、センターで育った親魚が産んだ卵から生まれたもの。ヒラメの卵は、生きていると水面近くに浮遊するそうで、生きている卵だけが水槽に移され、こうして誕生を迎えるのだという。

 “仔魚は、ふ化して3日目からエサを食べ始めますが、この頃が一番大変なんです。ここでは、エサとなるワムシ(=淡水産の小生物)も、栄養強化しながら育てているんですが、ワムシはわずか数百ミクロンほどの大きさなので管理が非常に難しくてね。仔魚の育成は、これが上手くいくかどうかに懸かっているんですよ。”

森さんたちが苦心して育てたワムシを食べながら、仔魚は、40〜50日で3センチほどの稚魚に成長。水槽内の過密状態による傷つけ合いや病気の感染を予防するため、4〜5万匹ずつに分けて、育成水槽に移される。エサも粒状の配合飼料へと変わり、ここからは静かに成長を見守る段階に入るそうだ。

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そして育成水槽には、先ほど見た仔魚よりも一足早く生まれた稚魚たちが。小さいながらもその形は既にヒラメそのもので、森さんが水槽の中を覘き込むと、エサを欲しがって一斉に集まってくる姿が可愛らしい。
稚魚たちはこうして元気いっぱいに水槽内で過ごし、ふ化からおよそ3ヵ月後、8センチ前後に成長すると放流され、大阪湾へと巣立っていくのである。

大きな成功をもたらしたキジハタの放流

キジハタ(アコウ)は、1キロ当たり5,000円前後の高値で取引される人気の魚。しかし、25年ほど前には、大阪湾ではほとんど獲れなくなり、当時は「幻の高級魚」と呼ばれていたそうだ。

そこで、このキジハタを大阪湾に復活させようと、センターでは、数年にも及ぶ試行錯誤を続け、平成22年に1万6千匹の種苗生産に成功。その後も育成に最適な水温や光の当て方などのノウハウを積み重ね、平成26年には、10万匹ものキジハタを大阪湾に放流できるまでになったのである。

“キジハタは、生まれたての仔魚がすごく小さくて種苗生産が大変でね。ヒラメなら、9割近くが稚魚まで成長するのに比べて、1割が育てば成功と言えるぐらいなんです。
でも、放流した後には大阪湾に定着するし、非常に育て甲斐のある魚。何年も繰り返して種苗生産を行うことで、良い結果が期待できるようになったんですね。”

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そして近年では、キジハタの漁獲量は、大阪府内で年間3トンにまで回復。放流の効果に加えて、親魚が湾内で産卵を行うことにより、天然もののキジハタも増えてきたのだという。

いつかトラフグを大阪の海に

キジハタに続き、昨年から新たな魚種についての技術開発も始まった。その魚種は、なんと「トラフグ」。まだ砂浜が多くあった時代には、大阪湾にも大量のトラフグが生息していたそうだ。

 “今は、水産技術センターで、山口県から譲り受けた稚魚を成長させた後に、放流調査している段階でね。でも、去年8月に7センチで放流したトラフグが、11月には、20センチぐらいの大きさになって漁の網にかかったという報告もあって、これからが楽しみだと思っているんです。
卵からふ化させる技術の開発もまだまだこれからですが、上手くいけば、養殖のトラフグよりも値打ちが付くし、養殖ほどのコストがかからない。夏はキジハタ、冬はトラフグ、みたいな感じで大阪湾に高級魚が増えて、それが漁師さん達の希望の光になればいいなと。そんな夢を持ちながら開発を続けているんですよ。”

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漁業を陰で支えながら、豊かな海の復活をめざす栽培漁業の取り組み。大阪湾にたくさんの魚が泳ぎ、大阪産の高級魚が私たちの食卓に並ぶ日が、待ち遠しいばかりである。

〈写真提供〉※1 公益財団法人 大阪府漁業振興基金 栽培事業場 栽培漁業センター

<江戸時代より… 谷川港の記事釣りのエキス…>

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公益財団法人 大阪府漁業振興基金 栽培事業場 栽培漁業センター

大阪府泉南郡岬町多奈川谷川2926-1
最寄り駅:南海多奈川線「多奈川」駅下車、岬町コミュニティバス「谷川」バス停より500m
TEL : 072-495-0516
[見学時間]9:30〜16:00(平日のみ、要予約)
http://www.osaka.zaq.jp/saibaigyogyo/